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紬の会『江戸の粋(いき) 上方の粋(すい)』(3月21日)
2010-03-21 Sun 23:20
イッパチでーす!シゲハチでーす!
二人合わせて 愛宕山ブラザーズでーす!!!!!
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なんや お前らはうるさいな、、、、って
イッパチ お前 増えてる!増殖したんか?細胞分裂か?
まさか メスやったちゅう選択肢はないやろな?

いえいえ ちがいますでぇ。
ぼくらもともとコンビでしたんや。
そやから シゲがおらんと調子がでんもんで 旦さんにも一つ作ってもろたんですわ。

そういうことで これからは 二人で落語会のレポートさしてもらいますぅー。
ますぅー。

だあああ やかましいのが もう一匹増えるんかいな。たまらんなあ、、、。


*****

ほなわけで(って どんなわけでかは知りませんが) この日 わざわざ京都までお母上とやってきたさっちんはん。
前々から気になっていた江戸の噺家 柳家三三さんがよね吉さんと初のタッグを組む!ちゅうことで もう半月も前から紬の会主催の二人会に予約を入れてたんですな。

ちなみに紬の会ちゅうのは 能楽師の片山伸吾さんが主催してはる日本の伝統文化の勉強会みたいなもんらしですわ。普段は対談形式らしいんですが 一年に一度実演をまぜてという催しがあるんだそうです。
詳しくはここ見てください。

http://w01.tp1.jp/~a470112769/tsumugi.html

花習塾HP

ほでね 今回のテーマは『江戸の粋(いき)、上方の粋(すい)』ちゅことらし。

この江戸と上方の違いをキーワードに二人の若手落語家に座談会で喋ってもらお というもので 大江能楽堂という場所で開かれました。

大江能楽堂は烏丸御池駅と京都市役所の間にある柳馬場通近くの 表向き小さな能楽堂で屋根なんかこれトタンでっせ。大丈夫かいな、、、?周りには古い町家が残っており 良い雰囲気ですが。
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さっちんはんとお母さんが1時20分ごろやってくると もうすでに10人から20人ほどの女性群(とおじさんちょっと)の列が!さすがによね吉・三三コンビ!人気あんねやね。ほやてね 開場が2時で開演は3時なんですよ!

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列に並び始めてちょとしたところで 表門から出てきたのはなんとよね吉はん!
「ちょっと車出しますんで」と表に止めてあったヴァンに乗り込み(ポーズありがとうございました(笑)) ささーっと行ってしまわれました。パシャパシャ写真とってたさっちんはん ファインダーのぞいたまま 列に戻ろうとして「ブブッ」。別の車がやってきたんですな。「ちょっと あんたしっかりしなさいよ!」お母はんに叱られてますわ。ほんまに よね吉さんに見とれて上の空やってんて。しゃーないですな。

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この日は曇り しかも黄砂でアレルギーもちの人なんか難儀やろという予報でしたが 朝 さっとにわか雨が降った後は なかなかの青空。気温も高くなってええ天気です。しかし 朝10時ごろ滋賀のホテルから京都へ出てきて 時間つぶしに本能寺を見たり 寺町通を錦通まで歩いたさっちんはんのお母はんにとって 足がだるいわけです。はよ入れてくれんかなあ という感じ。



ようよう2時になります。中に入ると、、、おおっ こら、、、、表の概観とは打って変わって立派な能楽堂やないですか!!

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歴史のある この書割の松の感じもこう、、、なんとのう雰囲気があって 天井は高くて 舞台と客席の間には白い石が敷き詰められていて、、、雰囲気がありますなあ、、、。うーーん。これは、、、すごい、、、。そして、、、さむい、、、、。

寒いんです!!実際!
客席は 下の席が折りたたみ椅子 上の席は畳にお座布団という具合で さっちんはんたちはより舞台に近い椅子に腰掛けたんですが 椅子の列もね端になれば 電気ストーブ(イッパチ「これも古い!値打ちもんやー!」シゲハチ「そんなことあれへんやろ!」)がちょこんと据え付けられてて多少はあったかそうなんですよ。でも 欲張って中ほどに座ったもんやから 足が冷えて冷えて、、、。(イッパチ「って ぼくらは足ないな。それに さっちんはんのもって来た袋の中から隠れてみてたもんな。暖かかったで。なんやかや入ってたし。」)
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入り始めると ドーンドーン!と大きな太鼓の音がして 吃驚しましたわ。最初のお囃子ちゅうのかな?そんなんが流れておりました。一段落したら 何の音もしなくなりましたが、、、。

席を選ぶとき 困ったんが柱やったんですて。中央の柱。これがなければ おそらくさっちんはんたちはストーブのある方へ座れたんでしょうなあ。でも 柱で出演者の方の顔が見えへん。それではしゃーない ちゅうことで もそっと離れて座ったと。

いやあ、、、しかし お能を見る方ちゅうんは大変なんですな。いっつもこんな寒い中で観られはるんですか?女性用トイレ少なかったし 流れが悪いのが2つもあって難儀やったし 大丈夫なんですか?



*****
<座談会>

ええ 話を 本編に戻します。
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人は ぼちぼち入ってまいります。あれは 何人くらい入ったんやろなあ。100人から200人くらいやろか、、、?最後には能楽堂も一杯に。ひろーい能楽堂の真ん中の舞台では 斜めに赤い毛氈が敷いてあり 座布団があり ほで めくりには『座談会』とあります。

「ええっ!?座談会!?」

もしかして 座談会だけで落語はやらんのではないやろな と さっちんはん一瞬ドキッとしたそうです。まあ そんなはずはないんですが。もし それやったら「ろくな稼ぎもないのに もう落語のためだけに関西方面に来るのはやめなさい!!」と言うてるお母さんに申し訳が立たん どないしよ と。(イッパチ「えーっ もう大阪 京都は来られへんのぉ!?いやあーん!」シゲハチ「ろくな稼ぎがでけたらええのや。お前も そう取り乱しなや。そんなに大阪がええのやったら あの なんて言うたかな ひとがたさんて人に預かってもろたらええがな。」イッパチ「その人の作るご飯 うまいか?」シゲハチ「知らんわ。そんなこと。独りもんやと思うから さっちんはんのお母さんの作る料理には劣るやろ?」イッパチ「それもいややー!!」シゲ「、、、、。」)


さあさあ 勢いのええお囃子が始まり 出てまいりました。能舞台のあの長い廊下を伝って 柳家三三はん 桂よね吉はん そしてホストの片山伸吾はんです。
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片山さんご自身が お二人を好きだという理由だけで この会に来てもろたんですよ というお話から始まりまして まあ 狂言の茂山流の方の伝手でよね吉さんには出てもらえる見込みはあったのだけれども 三三さんはどうか、、、という心配がありましたと。ところが 三三さんを知ってはりますか と よね吉さんに尋ねたところ「ああ 知ってますよぉ。」と。実は よね吉さんもNHK新人演芸大賞で 三三さんを見かけたときに 面白い方やと思ってたそうなんです。けど 今は吉弥兄いとのコンビでよう出てはるもんで なかなか声をかけるきっかけがなかったんですが 先につばをつけたんはぼくなんです なんてことを言うてはりましたな。

最初は このお二人が落語家になったきっかけからのお話でした。三三さんは もともと落語好きで学校の勉強が嫌いやったから 中学卒業したら働きたい と思って小三治師匠に弟子入りをしたのだそうで。小三治師匠を選んだのは フィーリングですと。

よね吉さんは 高校 大学と落研やったんやそうです。けど あれですて落語家なんかなる気はこれっぽっちもなかったんですと。お父さんが「落語家になれ」て。お父さんでっせ!落語家になれて言うたのが!ほで 本人は「いや ぼくは会社に入って ばりばりのサラリーマン戦士になるんだ」言うて 広島のなんたら重工業に入ったら 企業実習で朝から晩まで同じ様な生活で残業当たり前で それがいや?になって 辞めてしもたとか。なんやようわかりませんなあ。

で 次はどうしようと思ってた時 サンケイホールで米朝師匠の落語を聴いて凄いと思ったんだそうで。高校(香川)も大学(九州)も生まれの京都からは遠ざかってたんで (動いてる)米朝師匠の落語聴いたのが 卒業後やったって!一人で1500人をぼーん!!と沸かせところに衝撃を受けたらしいんですな。で 米朝師匠に弟子入りしたいて願い出たけど もう年やから言うて 自分の弟子の弟子になれと言われて 色々聞いているうちに 吉朝師匠がええと思うたそうですわ。

片山伸吾さんは世襲ですねというところから その家に生まれた者が持っている雰囲気にはどうしても真似できないものがありますよね という話になり 落語界についてはかなりの問題発言が、、、、(おいおい ええんかい、、、(^_^;))



また 能楽師の片山さんへも二人から色んな質問。
ワキ(主人公)はお面をつけることが多いけど 面をつけないシテになりたいなと思ったことはありますか?という質問から あれどれくらい見えてるんですか という話題になったりね。
正直 ほとんど見えんのだそうです。
目の穴だけでは見えないので 鼻の穴 口の穴 耳の穴 みな使って見ようとする。遠近感もないし難儀なんだそうです。
その時 頼りになるのが よね吉さんと三三さんに最前から「邪魔や邪魔や」言われていた 柱です。
この柱を目印に 自分はどのくらいの位置にいると確認し ここまで歩こうとか検討をつけるんだそうです。

この能舞台から落ちた人はおらんのですか?という質問も。
実は 何人かおりますと。(笑)
そういうとき みなさんどんな顔されるんですか!?
みなさん 目にも留まらぬ速さですーっと登られますね なんて答えが返ってきて おもろかったですねえ。
そんなもんなんかいな。

よね吉さんや三三さん自身が落ちたことがあるかなんて話も出ました。

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なかなか 江戸と上方の粋の話にならんなあ、、、、と思ってたら 話は ようよう 江戸と上方の落語界の違いに入ってまいります。

よね吉さんが「なんで 関東の前座さんや二つ目さんって がっとお客の笑いを取りにいかんのですか?」と聞きはりまして。つまりは がんばって自分がおもろいやろと思ったネタを振ってみるとか 盛り上げようとするとか 積極的にせず すぅーっと話に入ってすぅーっと終わって あっさりしすぎなんでは?ということなんやと思います。三三さんが言うには「いや だってまだ上手じゃない人が必死になって盛り上げよう盛り上げようとしている姿って 見ていて可哀想じゃないですか。お客さんたちも苦痛だと思うんで それなら すっと普通にやって 徐々に盛り上がっていけばいいのではないかなということで」と。片山さんが「その笑いを取りにいけ とは 誰が言うんですか?」と聞くと「いや うちのざこば師匠が、、、」とよね吉さん。

シゲハチ「ちょちょちょ ちょっと言わせてくれるか?ふーん これって 大阪と東京の国民性の違いなんかもしれんねえ。新人が頑張っても なかなか笑えんという姿を見て お客さんが可哀想思ってしまうちゅうの 東京の人だけかも?まあ 日本人は大体そうですが 参加して場を盛り上げるよりも 盛り上げてもらおうとする。ほで あんまりわざとらしいとしらけてしまうという。あの ディズニーランドのジャングルクルーズが典型ですわ。アメリカでは 自分らもあほになってキャーこわいー とかさわぐんやて。けど 東京では しらけるのを見越した解説をガイドさんがやるやろ」

イッパチ「せやなあ。ほしたら 大阪の人のほうが そういうあほなこともガッツやー思ってくれるてことか?」

シゲハチ「いや あほて、、、、お前、、、。けど 頑張ってるなーちゅう暖かいまなざしがあるのんかもなあ。情けないけど わしら関西弁しゃべっときながら 生まれたのが東京やさかいな。よう分からんわ。」

イッパチ「せやー ともねの旦さん なんで大阪に住んでないのやー」

シゲハチ「もうお前のぼやきは、、、 話進めよ 話。」

それから 江戸と上方の落語の大きな違いは やっぱりあの音楽 はめものですな。出囃子も初めは江戸のほうにはなかったらしいけど 上方の方から ええものは持ってこよ ちゅうことで 出囃子は江戸でもつけるようになったとか。それに 江戸の一門でもはめものをつけて話をする一門もあるとか。こんなん初耳でしたわ。そこでよね吉さん「江戸の落語では なんで最後に「ドンドン!!」てのがないの?」と。

江戸の落語家さんの場合 上手い人はお話が終わって わっと拍手があって で そこへすぅっとお囃子が入って席を立つ という そんな感じが理想なんだそうです。それ聞いてたよね吉さん「いや!そんなん耐えられへん!!」て(笑)。

話を良く聞いてみるとですな さっさとお囃子が入るというのは下手な人の終わり方をサポートするちゅう意味もあるんですよ。せやから 上手い人には お囃子が早く入りすぎてもダメ。せっかくの余韻を無視してどんちゃんお囃子が入ったら ホンマに上手い人の場合は「なんだ お前 俺が受けなかったようなお囃子の入れ方しやがって」ってな具合になるんだそうです。「ドンドン!」みたいなのは ここで「はい!終わりですよ!」みたいな区切りの意味があるのでね キリが良いといえばいいんですが それがないと終わりやどうや分からん ちゅような意味にも取れるんですて。

はめものもね また難しいんだそうです。お三味線 太鼓 笛の人たちと息が合ってないと そう簡単に噺が出来ないんやそうです。

やっぱり 大阪のほうは賑やかなんが 喜ばれるんかなー。道頓堀のあのイルミネーション見てても そのまんまやしねえ。江戸のほうは 頑張ってる姿はあがいてるととられたり なるべく潔く静かに上の人の邪魔にならんように みたいな気配りが必要なんかな。

よね吉さん「ほたら 今日はどうされます?何にも お囃子なしで終わりますか?」
三三さん「、、、今日はやっぱり入れて。」「あ でも 終わったらすぐに入れるんじゃなくて サゲ 頭を下げる 〆太鼓が徐々に入るみたいな感じで、、、」

と この辺が 上方と江戸の粋の違いっぽい話でしたねえ。



よね吉さんと三三さん 片山さん 話はドンドンはずんで 40分のトークの予定が1時間20分になっていたとか。

*****
<中入り>

トイレ休憩は さっちんはんの話によると 地獄でしたとか。
さっきも書きましたが 女性用のトイレは少ない。4つはあるんですが 2つが流れが悪い。当たり前ですが行列は出来る。
最後には男性用トイレまで使うという、、、古い建物はこうなってしまうので つらいところ。

*****
<落語>
<愛宕山>桂よね吉

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初のよね吉さんの愛宕山です?。(イッパチ「これはぼくら幇間の出てくる話やで やったー!!聞きたかったんよ!これ!」シゲ「ばんざーい」イッパチ「ラッキーなんやで。ぼくら。もっと喜べー!!」)

愛宕山は 大阪の茶屋をしくじって 京都の祇園で働いている一八と繁八(漢字はこれであってます?)がひいきの旦那さんのお供で女将、芸者、舞妓、仲居さんとともに 愛宕山に登るちゅう話ですが これに谷に仕掛けた的をめがけて かわらけなげをしたり 旦那さんが「散財」と称してぱっと投げ打った20枚もの小判をひらいに 一八が崖下まで大きな傘で降りて また登ってくるのに難儀したりちゅう話です。言うたら 後半はほらばっかりの話になって行きますが そこを勢いで不自然に見せずに持ってくのが 落語家さんの腕の見せ所ですな。

よね吉さんの語り 吉朝さんの愛宕山によう似てはったなあ。けど やっぱりよね吉さん独特のくすぐりが全体に入って てんこ盛りな感じ。特に 「愛宕山坂?」と歌いながら登るイッパチ、、、もとへ 一八が 徐々に最初の勢いをなくして ふうふう息を切らしながらへたってしまう辺りは よね吉さん独特の間があって面白かったです。しかし よね吉さん 歌うまいなあ。一八は色々歌歌うんですけど 全部朗々と歌ってましたで。ええ声でしたわ。

茶店に植えてある菜を湯がいて出してくれ と 茶店のお婆に頼むシーン。「お前様 これホンマに食べなさるか」「いや、、、そういわれるとなんや心細いが、、、なんやこれ?」「トリカブトじゃ。」えええっ。「どんな茶店や!!!」

かわらけなげをする時の旦那さん やたらとキャラが立ってたなあ、、、。「これが難しい。ま わしはやってみるがな。」ちらりと一八をみやる。こんな演出 吉朝さんにも吉弥さんにもなかったでっせ。京都と大阪のライバル意識バチバチ。



見事だったのは崖下へ降りて小判を拾うシーン。

「ああ 小判足らん、、、あっ あんなところにあった!」言うて 高座を離れてやってきたのが 先ほどから「邪魔や邪魔や」言うてた柱やないですか。これを木に見立てて 「どん!どん!」と揺する。「ちんちろりーん じょんじょろりーん」小判が落ちる。それをひらうよね吉さん。「(場所を)あるだけ 使うぞ」「はよ 高座もどらな」「膝が痛い」 一八ともよね吉さんの本音ともとれる呟きが楽しい。名演 怪演 熱演!(あの アイディアはいつ頃から考えてたんやろか)



崖下から上へ上がるときに 長襦袢を裂いて縄をなって というシーンでの 必死さも笑えて笑えて。ぜえぜえ言いながら「この、、、一八を、、、置いて、、、行ったら、、、あきまへんで、、、、、!!!」恨んでやるでくらいの勢いでしたな。

コミカルな一八が よね吉さんとぴったり重なって見えましたで。

<五目講釈>柳家三三

「まあ よく動く落語でしたね。」と一言。

吉弥さんのお弟子さん弥太郎さんが自主的に手伝いに来てくれていたので 「ほら これ見ても分かるでしょう?吉弥さんとこ首になったらここに来るんだなってことが」などとも。

こちらは 道楽が高じて勘当された若旦那が 知り合いの職人のところの二階に厄介(八階)になって 合わせて十階に住んでいるという身の上。「あなた 何かお仕事されたらいかがです」 と 言われ 「おれに講談をやらせてみろ 上手いぞ」と答える若旦那。しかも 客を集めて来いとまで言う我がままさ。まあ それに付き合って 素人の講談を聴いてやってくれと 人を集め さて 若旦那 先生ぶって一席ご披露といくんですが これが可笑しい。

演目は「赤穂浪士」。最初は スムーズに良い感じで始まるんですが 四十七士の中に小沢一郎やら鳩山郁夫やら出てくるわ 森永キャラメルは出るわ 越中富山の反魂丹 張ってすぐ聞くサロンパス!なんて文句まで入る。吉良上野介を切るはずが いつの間にか水戸の浪士が18名 大老井伊直弼を切ったり 「死んだはずだよお富さん」 やら 「旅行けば 清水の国に茶の香りとか、、、」で始まってその清水の次郎長を殺せとの命を受けて 名乗り出たは那須与一。その弓にかかって落ちたは月光仮面だったりドラえもんだったり 挙句の果てに寅さんまで出て 寿下無まで出てくるという ごった煮具合。

立て板に水のごとき 流れるような口調で つらつらつら?っと一気に語る三三さんに 長屋に集まった客と同じく 狐につままれたような気分で聞いていたわれわれ観客 大爆笑。

精一杯熱演したよね吉さんと それをクールに受け止めて 「ぼくはコストパフォーマンスの良いほうで」といなしていた三三さん。

勝負という目で見るのは変やけど 三三さんのほうが一日の長があるのかなあ、、、、?
キャリアとして6,7年の差はあるわけですからね。
(イッパチ「そうかあ ぼくはよね吉はんのほうがすっきやで。」シゲ「まあ ここまでいけば好き好きやろけど お前が好きなんは 一八が出てくるからやろ!」イッパチ「そやそや。 そういや お前は陰険やなあ、、、」シゲ「噺の中でのことやないかい。恨むな恨むな。」)

*****
<質問コーナー>
ここはあっさりいきまひょか。

1)喜六、清八というキャラクターはいつ頃から生まれたのですか?

「よう分かりません。旅ネタですから 一番初めの安楽庵作伝が 落語の原型を始められた頃はいなかったわけですから それ以降でしょうねえ」と よね吉さん。「あの 我々は学者ではなく プレーヤーであることを お忘れないように」と三三さん。

2)それぞれお好きな噺はなんですか?

三三さん:好きな噺は その時々によって違ってくるんですが 最初に習った『道灌』という噺 これが大変につまらない話なんですが 自分の色々な体験をいつもこれにフィードバックさせて どう演じるかを考えたりしています。

よね吉さん:七段目とかたちきれとか好きな噺はありますが その時受けた話が一番好き!(「正直だねえ」と三三さん)せやから 今まで好きやと思ってた噺でも 受けなかったらもう嫌い!!

3)三三さんが歩かれるのがゆっくりだったのですが、、、?

出てくるときには普通に歩くんですが 帰るときはゆっくり目だそうなんです。故志ん朝師匠が「噺家って 帰るときはさっさと帰ってしまうことが多くて お客さんのことを気にしてないみたいだ」という話をしてたそうで それを意識してゆっくり目で帰るようにしてたら ある時からお客さんが笑うようになったので このタイミングかなと。

*****
<おしまい>

最後に 片山さんと三三さんが 「よね吉さん あの柱まで行ったんだから 戻ってこなければいいのにって話してたんですよ。」と。
「で 舞台から落ちたらよかったのに。そしたら こちらが「どうして 上がるー?」(旦那の台詞ですな)って聞いてやったのに」なんて 残酷なことを言うてはったですな。「こんどどっかで二人でやろ!!」

片山さんは こんなこじんまりした場へ来てくださってありがとうございました と 恐縮がってましたですが お三方 まだまだ 話は尽きん という感じで よね吉さんなんか「ああ もっと話がしたいです。今度は 落語なしでトークだけの会を、、、、いや あきませんか。分かりました。落語はありで。」なんて 言うてはりました。

最後に紬の会のポスターに使用した似顔絵を お二人にお渡しして おしまい。

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トークと落語 またやってくださいよ?。
三三 よね吉コンビ また待ってまっせ?。


三時間を越えた紬の会 楽しかったですなあ。
ほいでも 次 関西方面いけるのは いつになるのやろ、、、ね?さっちんはん?


(イッパチ「ほで、、、江戸の粋と上方の粋って はっきりいってどこが違うの?」)

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