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法事なんです その3
2011-04-09 Sat 23:12
法事で岐阜に来ています。
といっても 四十九日ではありません(^_^;)。

それは一昨年済ませましたのでね。今年は三回忌というわけです。

亡くなったのは乙美さん…ではなく父の母 つまりわたしの祖母です。

名前は照子といいまして 貞子ではなかったので 残念ながらホラー映画のネタは使えません。

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こちらは浄土真宗のお寺でお経を読んでもらいます。このお経がね~…(^^;) わたし苦手なんです。個人的に。変な抑揚のゆるゆる~とした読み方で 延々と続くんです。しかも自分達も読まされたりして(-_-;)。「ぬぁ~むあ~みだぁあ~んぶぅ~ ぬぁ~むあ~みだぁあ~んぶぅ~…」

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ちなみに和歌山の高松寺は曹洞宗。禅寺で般若真行やら別のお経を読みます。そちらはなんとなくリズムや旋律の心地よさ 意味が分かるようで分からない所などが妙にはまって好きなのですが…。

お寺やお坊さんにもよるのかもね。

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お焼香。


お寺が済んだら お墓参り。大龍寺という何宗でも受け入れてくれる山合のお寺です。
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戒名は浄華院釋尼みょう慧。享年89歳。




祖母は 私が幼い頃は民生委員をやったり書や絵などをたしなみ 外向きの活動に励んでたらしく また働き者で料理も上手だったようなのですが 事故に遭って足を悪くしてからは だんだんとボケてきて ゆるゆる悪化の道を辿り 嫌がっていた老人ホームにも入らざるを得なくなり 最後は病院で亡くなりました。

家族に最後まで面倒を見てもらいたい という昔風の考えの人だったので 父の三人の姉と母とで週がわりで面倒を見ていた数年間はまだ幸せだったみたいでしたが 母達にとってはおぉっそろしく大変な日々だったようです。

父の姉の一人が亡くなり 母も腰を悪くして ホームに入ってからは 祖母にとっては唯一の楽しみの食事も質が下がり 慣れ親しんだ看護士さんが変わるなどして 不機嫌なことが多かったそうです。問題視されてる方だったんじゃないかな?家族に見捨てられたと思っていたのかもしれない。

最後は父に会っても 第一声が「ばかっ」だったことも。
(目もだんだん見えづらくなってきて 息子だと分かってなかった可能性大)

うちの母は何も反応が返ってこなくても上手に優しく話しかけていたなあ。

でも 午後の光が差し込むおばあちゃんの白っぽい部屋には 反応がないと言うだけで随分と彼岸の空気が漂っていたものでした。




ボケていく人の意識は亡くなったらどうなるのか ずっと気になっていたのですが 数年前 玄侑宗久さんの『アミターバ 無量光明』を読んで ちょっと安心しました。


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すなわちボケることは自然に戻っていくプロセスの一つで 夢と現という人の脳の作り上げた枷から自由になっていくことだと書いてありました。(記憶だけで書いていますので間違っているかもしれません。)

主人公のおばあさんは最後に幽体離脱のような状態になって 自分の葬式を見たり 気になる人のところへ挨拶に行ったりしたあと 小さな幼女に導かれて光の中へと溶け込んでいく。

この本では おばあさんは娘や娘婿の会話は聞こえているのに だんだんと現世に執着がなくなっているので返事をしない場面が描かれています。

うちのおばあさんも もう誰が誰だか区別もついていないようで 返事一つしてくれなかったことが多々あったけど 本当は聞こえていたのだろうか?

そうなら良いのだけど…。



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とはいえ その玄侑さんも現在 福島の第一原発から45キロ地点で被災もされ また避難している方のお世話もしていて大変そうです。胸中お察しするとともに 心からエールを送りたいと思います。(先日 義援金も一寸だけどしてきましたし…ね)

玄侑宗久さんHP
http://www.genyu-sokyu.com/
雪月花(ブログ)
http://yaplog.jp/genyu-sokyu/
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